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1958年マスターズ、公式委員の裁定にチャレンジしたパーマー

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2013-4-11

米国のゴルフ界でアーノルド パーマーの悪口、批判は聞いたことがない。ゴルフプロ、ゴルフ業界、ファン、皆、彼に好感を抱いている。


実際彼はアシスタント プロたちにも親切だしツアープロたちにも気さくである。
日本では二クラウスを帝王と呼ぶが実際には米国でキングとよばれ尊敬されているのはパーマーである。
しかしただのナイスマンではなく冷静さと闘争本能をあわせ持った男ゆえツアー史上最高の人気ゴルファーとなりえたのであり、その証拠となるマスターズでのエピソードがある。

1958年マスターズ最終日、彼はケン ベンチュリと死闘を演じていた。事件は12番パー3で起こった。11番までにパーマーの3ストロークのリードをベンチュリは2ストローク縮め、2者の差は1ストロークとなっていた。12番は155ヤード、前はレー クリーク、グリーンは奥行きがなく後ろはせりあがった土手、そしてヘビーラフとなっている。結局彼らは二人ともグリーンをオーバーしたがベンチュリのボールは一番遠いグリーンの端に止まった。(パーが取れるポジションであり実際3であがった)。

パーマーのボールはバンカーのエプロンから約30センチ後ろにうずまっていた。パーマーは罰打なしでピックアップできると主張し、呼ばれたルール コミッテイ オフィシヤルはそのまま打つこと要求した。パーマーは結局そこからグリーンまで2打を要しさらに短いパットをはずし5であがった。ただドラマはそこから始まった。居合わせたギャラリー(パトロン)やオフィシャルが驚いたのはパーマーが13番へ向かわず、再び12番のティショットの落ちたポジションに戻り、マークをしていた場所で肩越しにドロップ(当時のルール)してアプローチを行い今度はデッドに寄せ3であがった。この問題は急遽トーナメント委員会に伝達された。

次の13番パー5で彼はロングテイショットとすばらしい3番ウッドのショットにより2打でグリーンを捉えた。そしてグリーンへ向かう途中で、より権威あるオフィシヤルが駆けつけあらためてパーマーから状況説明を求め結局その場で非公式ながら彼の判断が正しいことを認めたのである。なおパーマーはこの13番グリーンの6メートルのパットをしずめイーグルをもぎ取りその後もリードを保ち1958年のグリーンジャケットを手にしたのである。

振り返ってみるとこの12番ホールの混乱はこのホールにいたルール コミッテイの判断ミスから生じたものであり、最終日前夜の豪雨ゆえに、トーナメントコミッテイはボールが落下地点でうずもれた場合はプレイヤーは”スルー ザ グリーン“、罰打なしで拾い上げ,拭き、ドロップできることをローカル ルールとして定めていたのである。(スルー ザ グリーンはティー、グリーン、バンカーおよびウオーター ハザードをのぞくコース内のすべての箇所を意味する)

このケースでパーマーが終始冷静さを失わず、適切な処置をおこなったことが優勝とともにメディアの賞賛を受けることとなった。

この逸話からグリーンジャケットを手にするためには単に技術的なレベルのみならず、感情をコントロールしたクールな判断、そして決断が不可欠であることが理解できる。
(資料 H.W.ウインド、ゴルフブック)