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タイガーの終焉

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2016-1-6

最近のインタビューでタイガー ウッズの告白として、ある日彼が自宅の練習場でボールを打っていたとき急に体が動かなくなり一時間以上そこに横たわっていた。ようやく自分の幼い娘が近づいてきたので家に戻って助けを呼ぶように頼んだとのことであった。

彼は彼の背中の問題はもはや筋肉ではなく神経であり、医者からは絶対クラブを持たないように言われていると述べゴルフの復帰はまったくめどが立たないと打ち明けた。そしてたとえ今後ゴルフができなくなっても子供たちと暮らすことに無上の喜びを感じていると述べたことは彼自身選手生活への復帰をあきらめたことを示している。
またもう二度と手術はしないと断言、3度の背中の手術が悪化を招いたのではないかと考えている節がある。

毎日の行動を聞かれ、15分間散歩し、後は寝ていると言い、とても近い将来競技ゴルフに戻れる可能性がないことは本人も観念しているようである。

ここで彼が過去如何にすさましく強いゴルファーであったかを振り返ってみたい。
記録をたどると、1996年スタンフォード大学を中退し、1997年まず21歳でマスターズを制覇、さらに数年のうちにUS オープン3回、4度のPGAツアーのタイトル、マスターズ3勝と圧倒的な強さを見せ、2003年にはビュイック オープン、ブリテイッシュ オープンをふくむ5勝、2005年も6勝して9年間で7回目のPlayers of the Yearを獲得した。

2007年はBMW,Tour Championshipに勝ち再びPlayer of the Yearをとり2008年は3回目の全米オープンに優勝しMajor合計14勝をあげジャック ニクラウスのMajor通算18勝に迫る勢いを見せた。事実、彼の1997年から2008年の10数年の彼の強さは文字通りタイガー対全選手と言った様相を呈し、彼の全盛時代を知らぬ今の若い選手たちはその点幸運といえるかもしれない。

ただ誰にとっても想定外の事件として2009年彼が10人以上の女性と関係していたことが露見しエリン夫人との離婚、加えて自分の不行跡に対し記者会見による公的な謝罪、さらに右ひざの故障等の問題が発生した。

ここで名誉挽回を計るタイガーは2012年にはArnold Parmer Invitational, ATT Nationalに勝ちツアー通算75勝としてニクラウスを越えてSam Sneadの82勝にあと13勝、そしてニクラウスのMajor勝利に対してもあと4勝までこぎつけた。
さらに最後の輝きとして2013年,5勝を上げ、Player of the Yearを獲得したがこの時点から彼は世界ランキング"NO.1の地位から急速に落下してゆき、いまやWorld Rankingの上位は20歳前半のゴルファーに取って代わられている。

完全に身体能力を喪失したいまタイガーとしてはやはりMajor 18勝のニクラウスにとどかなかったことが一番悔やまれる事と思われる。ただ記録はさておき1997年から十数年彼の残した実績は疑いもなく彼が史上最強のゴルファーであったことを示している。